嘉数高台公園(戦場あと地)駐車場あり

嘉数高台公園概要

沖縄戦(地上戦)の最も激しい戦いのあった場所の一つ。
当時の様子を残した設備や拝所があり、慰霊碑なども建立されつつ、
公園としても綺麗に整備され、広場や遊具、展望台、などもある。
展望台からは普天間基地を観ることができる。

奥に展望台

遊具

コバテイシ

コバテイシ(シクンシ科)
西表島から南に生える半落葉樹。
果実は秋、長さ5センチの楕円形でひれがあって海水に浮く。
別名モモタマナ。

高台へ登る中央の階段

弾痕の塀

被弾した民家の壁をモニュメントとして移築したもの。
民家にも銃弾や砲弾が打ち込まれたということです。

こだちやはずかずら (木立矢筈葛)

 

陣地壕

琉球石灰岩をくり抜いてつくられています。

陣地壕への細道

隆起した琉球石灰岩が剥き出しになっています。

トーチカ

トーチカ:拠点(ロシア語)
敵軍を迎え撃つために造られた陣地で、銃口を出すための銃眼がある。
被弾痕があり、剥き出しになった鉄筋を見ることができる。

トーチカ出入り口(裏)

角が削げ落ちています。

 

慰霊碑

京都の塔、真ん中奥。 嘉数の塔、その右隣。京都の塔
嘉数の戦いでは京都出身日本兵が多く犠牲も多かった。
碑文
京都出身者の将兵2530名余りの人が、郷土を想いつつこの地で倒れた、又、多くの沖縄住民も運命を共にされたことは、まことに哀惜にたえない。戦後19年を経てこの地で亡くなった人々のご冥福を祈るため京都市民によって建てられました。再び、戦争の悲しみが繰り返されることの無いよう、併せて沖縄と京都を結ぶ文化と友好の絆がますます固められる様、この塔に切なる願いを寄せます。

嘉数の塔
嘉数高台での戦いで過半数の嘉数区民が犠牲となった。
碑文
この地で、米軍を迎え撃つ日本軍は肉弾攻撃をし玉砕した。その多くが京都出身である。この時、嘉数の人々は京都部隊を援助、輸送等の任務につき、外地に出征した人もあわせ343人の犠牲者を出した。これは区民の過半数である。それは、本土防衛の使命感に殉じた区民の誠意によるものであり、永久に英勲を讃え芳名を塔下に埋蔵する。

青丘(せいきゅう):朝鮮半島
青丘の塔、碑文
民族を超越し人道主義を遵奉し哀しき歴史を秘めたこれらの御霊を慰霊顕彰する

 

展望台

地球を模した展望台。

東シナ海、トロピカルビーチ辺り

普天間基地(展望台)

展望台からは普天間基地を見ることができます。

オスプレイ
ニュース映像などでよくみられる光景を見ることができます。

 

その他公園の雰囲気

 

 

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