toggle
2019-10-15

金城町の石畳道|ハードだけど見所たくさんあるよ

金城町の石畳道について

金城町の石畳道は、首里城から那覇港までの軍道、主要道である「真珠道」の一部になります。
この石畳道は1522年(尚真王46)年ごろに造られたと推定されています。
全長300m、幅4m、琉球石灰岩の「乱れ敷き」になり、
沿道の石積みは「あいかた積」で造られています。

石畳道

石畳道周辺の文化財

金城町の大アカギ
内金城嶽
金城大樋川
仲之川
新垣ヌカー
潮汲川(ウスクガー)
上ヌ東門ガー(ウイヌアガリジョウガー)
下ヌ東門ガー(シチャヌアガリジョウガー)

↓ピックアップ

島添坂(シマシービラ)

金城町の石畳道に入る前のビラ(坂)、真珠道の一部

内金城御嶽

1200年の歴史をほこると言われている御嶽になります。
大嶽、小嶽の二つあり、
神名は大嶽が「カネイ御イベ」または「モジヨルキヨノ大神」
小嶽が「イベヅカサ御セジ」(写真は小嶽)
正面には石門があり、石垣の囲いの中にはアカギがあります。
ここは鬼餅伝説の発祥の地にもなります。

首里金城の大アカギ

樹齢約200〜300年、高さ20mのアカギ群。
御嶽境内に5本生育しています。
国指定天然記念物。
沖縄ではよく見られる木ですが、群で容易に見られるのはこの境内だけのようです。

金城村屋

一般開放された「休憩所」である沖縄家屋。
自動販売機、トイレ、喫煙所があります。
地元の町内会や青年団などの集会場所としても利用されているので入りづらいときもあります。

金城大樋川

市指定史跡 金城大樋川  1977年(昭和52年)4月8日 指定
金城大樋川は金城村の共同井戸で、急ながけの下から2つのかけ樋で地下水を導き出しています。
その前には約10平方メートルほど石積みを施し、半月型の貯水池を設けています。
さらにその前には、石敷きの広場がつくられ、南側には排水溝があります。
樋川の周囲の3方は、土留めの石積みがなされ、特に背後は4段にわけてがっちりと積まれています。
東側の集会所のところは、かつてフィージャーモーと呼ばれた広場で、坂道を上下する人馬が樋川の水で喉を潤し、一息入れた場所でした。
また、広場から石畳道をはさんだ東側は、薩摩に学び沖縄で最初に和紙をすいた大見武筑登之親雲上(おおみたけちくどうんへーちん)の屋敷跡で、17世紀の末頃、この樋川の水で和紙がつくられたようです。
那覇市教育委員会

仲之川

この井戸は、東に「金城大樋川」、西に「寒水川樋川」の中間にあることからこの名前がつけられました。
日照り続きでも枯れず、豪雨時もにごらない、水量、水質、ともに優れた井戸だったようで、
地元の人たちだけでなく、水不足などの際は首里城で利用する水の汲みばとしても重宝されていました。

新垣ヌカー

新垣恒佳(あらかきこうか)という人物が
一般開放できるように自宅の井戸から水を引くかたちでこの水溜めをつくりました。

その他カー(湧き水)

新垣ヌカー
潮汲川(ウスクガー)
上ヌ東門ガー(ウイヌアガリジョウガー)
下ヌ東門ガー(シチャヌアガリジョウガー)
寒水川樋川(スンガーヒージャー)

食事

石畳茶屋 真珠(まだま)

音楽喫茶 音猫

ゆくい処 石だたみ(沖縄料理)

首里殿内(沖縄懐石)

end

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です