沖縄の世界遺産「園比屋武御嶽石門」首里城内にある重要な拝所

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園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

読み方:そのひゃんうたきいしもん

首里城の中にあります。

園比屋武御嶽石門は園比屋武御嶽の前に置かれた石門をさし、

首里城の入り口「守礼の門」を抜け、少し行った左手にあります。

営業時間
4月~6月 8:00~19:30
7月~9月 8:00~20:30
10月~11月 8:00~19:30
12月~3月 8:00~18:30

料金:首里城内の無料区間

駐車場あり 有料

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園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)パワースポット

御嶽:礼拝所、聖地、信仰の場所、パワースポット

首里城横にあるハンタン山と呼ばれる森が園比屋武御嶽となっていて、

その入り口に置かれた石門は神と繋がる窓口のような意味合いがあります。

神社で例えると拝殿のようなものになり、本殿が御嶽になります。

ハンタン山

以前はもっと深い森だったようですが、現在では学校の一部として利用され、
残された部分がハンタン山として園比屋武御嶽の役目を持っています。

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園比屋武御嶽石門の役割(歴史)

国王が公務などで外出する際、安全祈願を行った場所になります。

他、

東御廻り(アガリウマーイ) を行う際、お新下り(おあらおり)の際、
最初に礼拝する場所にもなっていました。

東御廻り(アガリウマーイ)

琉球王国で行われていた聖地巡礼のことで、

創造の女神「アマミキヨ」が二ライカナイから降臨し、住みついたと伝えられる各霊地を巡拝する行事のことを言います。

その舞台となる地域「大里、佐敷、知念、玉城」のことを
東方(あがりかた)、あるいは東四間切(あがりゆまじり)と言いい、

この四地域は現在南城市として一つになっています。

アマミキヨ

琉球神話に現れる創造を司る女神で、最初は久高島に降り立ったとされています。
久高島:島尻郡知念村久高 → 南城市知念久高

ニライカナイ
海の彼方にあるとされる異世界。理想世界。あの世。
来訪神信仰に繋がる概念。

来訪神:年に一度、決まった時期に人間の世界に来訪するとされる神 

アマミキヨ関連



お新下り(おあらおり)

斎場御嶽で執り行われた聞得大君就任の儀式で、
そのとき神より神位を授かります。

世界遺産「斎場御嶽」6つの見所、沖縄最高峰のパワースポット

聞得大君(きこえおおきみ)

第二尚氏時代の琉球信仰における最上位神女
王の姉妹など、王に近い女性から選出され、
琉球全土の巫女、祝女を統括できる地位を請け負っていました。

聞得大君関連↓
沖縄の聖地「京の内」首里城内最大の信仰場所

園比屋武御嶽における御神体、来訪神として

園比屋武御嶽には尚氏ゆかりの島であるらしい伊平屋島の神

田の上のソノヒヤブ」を勧請し、祀っているとされています。

が、田の上のソノヒヤブの情報が少なくあやふや。

勧請(かんじょう):神仏を請じ入れる。神を招き入れる。分霊を呼び寄せる。

園比屋武御嶽石門の建立

1519年に第二尚氏王統第3代王の尚真王のときに造られました。

作者は武富島からの捕虜、西塘(にしとう)の作と伝えられています。

日本と中国の木造建築に見られる様式で、
唐破風(からはふ)の門をすべて石造りで表現しています。

唐破風:真ん中が凸状に浮き上がり両サイドが反り返る屋根の縁取り

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両妻飾りに懸魚(げぎょ)の彫刻と、シャチをかたどった鴟尾(しび)の石彫。

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竹富島の国仲御嶽

国に帰された西塘(にしとう)によって作られた、
園比屋武御嶽の神を勧請した御嶽ということになっています。





遺産としての園比屋武御嶽石門、略歴

1933年1月23日旧国宝に指定されたが、沖縄戦で荒廃し、指定解除。

1957年に復元、その後旧石門の残欠を再利用して再修復作業が行われた。

1972年にあらためて国の重要文化財に指定。

2000年11月、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録された。

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