首里城が燃えてしまって

正殿が丸々消えてます

炎上し崩れる首里城の姿

沖縄県民にとって最も衝撃的な映像の1つになりそうです。

よりによって何故メインの正殿なのか
なくなってみてわかる首里城の存在感
これはあまりにも悲しすぎる。

何度燃えれば気が済むのか
その原因を作っている要因は何なのか
沖縄には拝所がたくさんあります
自然破壊・・・

この衝撃を受けて考え直さないといけない事
そういうものがあるような気がします。

沖縄の世界遺産「首里城跡」聖地が密集するパワーある空間

復元なのになぜ尊いのか

復元したものだからまた復元すればそれでまあいいじゃないかという声がよく聞こえてくる。
しかし、今回、先ほどまであった首里城は復興の象徴でもあり、そう簡単に気持ちは切り替えられない。
今現在生きる沖縄の人にとって今回消えた首里城は歴史的にみて複雑で大きな意味を持ったものになる。
沖縄戦で消失した沖縄のシンボルを、その歴史と寄り添いながら果たされた復元になり、できればこの事実とともに未来へ残していきたかっただろう。
また、古い構造のものを新しい技術、新しい時代にまたつくる違和感もある。
今度復元されるものに対してどのように意味を見出せばよいのか。
距離が近ければ近いほど諦めきれない気持ちというものが存在する。

沖縄の聖地「京の内」首里城内最大の信仰場所

首里城炎上から思う1つの重要なこと

悲劇は突然訪れる。
首里城の炎上は沖縄の人にとって身近な出来事であったが、しかし最な近さではない。
身内が亡くなることはおろか、幸いなことに人が亡くなるということもなかった。
悲劇をシミュレーションしたと考えてもいいのかもしれない。
そしてこれは1つの教訓になる。
明日何が起こるかわからない。
今を大切に、そしてある種の覚悟を持って日々生きなければならないと思わせる出来事であった。

ないものを見る

首里城献上から二日、至る所で早くも再建の動きが高まっている。
本当にそれでいいのだろうか。
別に悪くはない。
ただ、なくなった首里城の跡をしばらく一般公開してほしい。
そこでしか感じられないことがたくさんあるだろう。
沖縄戦あとの状態が今そこにあるのだ。
再建が始まれば気持ちは前を向く。
しかし、それでは歴史に思いをはせるチャンスを失うことになる。
ある意味、思考が停止してしまう。
あったものが失くなった姿を見る。
そこで感じられることは歴史認識から芸術的感覚まで大きな深みを持つだろう。
それでしか働かせることのできない思考というものがある。

金閣寺のことを思い出す

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